舜天一族の拝所

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琉球史のおもしろさ、ここにあり

北中城村仲順の住宅街が並ぶ高台にある仲順公園。

仲順公園の入り口(北中城村仲順)
仲順公園の入り口

公園の入り口から階段を登ると、しめ縄が張られたコンクリート造りの建物が建っている。
実在する琉球史上最初の王といわれている「舜天」と二代目の「舜馬順熙」三代目の「義本」がまつられている拝所だ。

舜天一族の拝所(北中城村仲順)
舜天一族の拝所

拝所がある仲順公園は、一見普通の児童公園のようで、知らなければ見過ごしてしまいそうなほど町に馴染んでいる。しかし実際に立ち寄ってみると、大通りから高台にある公園に向かってまっすぐ道が抜けていて、集落にとって偉大だった人を祀るには、ふさわしい場所に思える。

資料では読めない感触

舜天一族は1187年~1259年まで浦添地域を治めていた権力者というのが通説になっている。浦添を治めていたのなら、拝所は浦添にあってもよさそうだが、なぜかここ北中城村の公園にひっそりと祀られている。

それには、クーデターによって政権を奪われたので、墓や位牌が荒らされないように子孫がこっそりと運んできたからという説や、追われて放浪していた義本をこの村の長がかくまったという伝承など、いろいろな説がある。

遠く中城湾が見渡せる琉球の歴史は、資料が少なく地域によっても伝承は様々で判明していないことが多い。特に舜天の時代までさかのぼると、実在の有無ですらあやふやになってくる。

ただ、その土地その土地を実際に歩いてみると、ひっそりとしていても大切に守られている拝所や、絶景が広がる場所に造られたお墓と出会うことがある。それを見ると、その歴史の人物がどんな風に語り継がれてきたのかをなんとなく想像してしまう。それが、琉球の歴史の魅力なのだと思う。
舜天王統の拝所はそんなことに気づかせてくれた場所だった。

公園の前の道を東側へ周ると遠く中城湾が見渡せる。
拝所の近くを散策していると、舜天はもともと、この村にゆかりがあった人物なのかもしれないなという気がしてくる。

舜天一族の拝所への地図

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