久高島(くだかじま)

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カベール岬から見る久高島(沖縄県南城市)
カベール岬から見る久高島

琉球とともに歴史を刻む神の島

南城市知念の安座真港から高速船で15分。神の島として知られる久高島がある。久高島は琉球開闢の神アマミキヨが最初に降り立った場所として有名な島だ。

久高島は「選ばれた人しか上陸できない。島が拒み波が荒れ船が出せなくなる。」という噂が秘かに流れるほど聖地として名高い。島外から来たウチナンチュは、徳仁港に着いたら道なりの坂道は登らずに左側の漁港の先にある『徳仁川拝所』で島の神々に挨拶をする。

久高島に残る琉球創世神話

久高島フボー(クボー)御嶽の入口
フボー(クボー)御嶽の入口

久高島の北部に広がる森林『カベール』にアマミキヨは降り立ち、まず琉球の各地に聖地を作った。その聖地の一つに久高島の『フボー御嶽(クボウウタキ)』がある。

カベールの中には多くの御嶽があり、そこは古代の人々の生活跡だったという。島の北部一帯は聖地とされており現在も祭祀の時は神人以外は立ち入ることができない。その中でもフボー御嶽は島の最高聖地で完全に立ち入り禁止になっている。

琉球の農耕発祥の地

琉球に人類が生まれて間もないころ、『伊敷浜(イシキハマ)』に五穀の種が入った壺が流れついた。その壺を見つけた夫婦がそれを取ろうとしてもなかなか取れなかったので聖なる泉『ヤグルガー』で身を清め、白い着物に着替えて浜に戻ると、着物に壺が飛び込んできた。その中に入っていた種を大里家(ウプラトゥー)の畑『ハタス』に植えた。それが、琉球での農耕の始めとなった。
これは久高島に伝わる農耕発祥の神話だ。

久高島ハタス(大里家の畑)
ハタス(大里家の畑)

伊敷浜は島の東側にある浜で、ニライカナイとつながる神聖な場所とされており、遊泳禁止になっている。ヤグルガーは西側の海岸に面した崖下にある。ハタスは草が生い茂る細い道の途中にあり、コンクリート製の香炉が置かれている。知らなければ通り過ぎてしまうような農耕発祥の聖地だ。五穀の壺を拾い上げた夫婦は、島で最初の夫婦が住んでいたとされる大里家(ウプラトゥー)で祀られている。

琉球王府と久高島

琉球王府にとっても久高島は神の島であり、久高島の神人は王府の行事にも関わっていた。
1422年に尚巴志によって第一尚氏王統が築かれると、琉球国王は琉球各地の聖地を巡礼するようになった。久高島も琉球国発祥の地として国王みずから巡礼していた。国王の久高島巡礼は1666年から行われた羽地仕置(政治改革)によって廃止されるまで約200年続いた国家行事だった。

琉球王国時代の久高島にまつわる有名な話がある。
第一尚氏王統の最後の王・尚徳は大里家の祝女と恋をした。尚徳王は政治を怠り久高島で祝女と暮らすようになった。その間に王府でクーデターが起こり第一尚氏は政権を奪われてしまった。それを知った尚徳王は首里に向かう船の上から祝女とともに身投げしたという。大里家には先の大戦の前までは王が使っていた金の箸が残されていた。

久高島の大里家(ウプラトゥー)
大里家(ウプラトゥー)

久高島の祭祀イザイホー

久高島といえばイザイホーという有名な祭祀があるが、実はイザイホーは琉球王国時代に制定された比較的新しい祭祀だった。第二尚氏王統三代目・尚真王の時代、王府が神女組織を定めると王の親族である聞得大君(きこえおおきみ)が各地のノロたちの頂点となった。聞得大君の霊力は久高島の神人によって授けられ、久高島では祖母より神人としての霊力を受け継ぐイザイホーを行うよう定められた。イザイホーは12年に一度の午年に島出身の30歳から41歳の女性が神人として生まれ変わる儀式だが、対象となる女性がいなくなったため1978年を最後に途絶えている。

ただ、久高島には古代から続く数多くの祭祀があり、自然をおそれ敬い祖先を尊ぶ祈りを、生活の一部として脈々と受け継いできた。たとえイザイホーが歴史の過程で発生した祭祀であったとしても、根にある精神は古代から続く祭祀と変わることなく神聖な祈りとして捧げられてきたことだろう。

久高島の楽しみ方

久高島の南部は集落になっている。集落の北側にある『外間殿(ほかまとぅん)』は久高島の祖先である『百名白樽(ひゃくなしらたる)』と島の守護神が祀られている。集落の西には百名白樽が神々を祀ったとされる『久高殿(くだかとぅん)』がある。久高殿はイザイホーの祭祀場でもあり、外間殿とともに島の様々な儀式が行われる神聖な場所だ。

久高島にある久高殿(くだかとぅん)
久高殿(くだかとぅん)

外間殿の近くには『アマミキヨが腰かけた(と伝わる)石』がある。木々に囲まれた何気ない空き地の、草が生い茂る中にポツンとその石はある。他にも、道端に無造作に積み上げられているように見える石山が天と地をつなぐ御嶽で、その一帯が聖地となっている場所もある(『ハンチャタイ』)。

アマミキヨが腰かけた石-久高島
アマミキヨが腰かけた石

しかし、そういう場所は久高島の人にとって生活の場であり用意された観光スポットではない。当然わかりやすい目印や看板が置かれている場所はごく一部に限られている。それにマップを頼りに散策しても気づけないような聖地もある。
久高島をより楽しみ知るためには、ぜひガイドを依頼することをおすすめする(有料)。島のガイドは久高島宿泊交流館でも紹介してくれるし、徳仁港近くの『お食事処けい』のご主人も島の隅々まで案内してくれる。

  • 久高島への高速船やフェリーを運航している久高海運Webサイト
  • 久高島宿泊交流館Webサイト
  • お食事処けい TEL:098-948-1051

久高島(くだかじま)への地図

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